えぇー…嫌なこと言います、女が新品なら十分

最近、ACジャパンの「We are モッタイネーティブ」というCMを見た。

「モノを大切にしましょう」と言われるまでもなく、今の若い世代は中古品を普通に買うし、使わなくなれば売る。服も場所も移動手段もシェアする。
「もったいない」を教えられるより先に、もうそういう生活をしている世代だから「モッタイネーティブ」。

そっかぁ、確かに私もそうかもしれないな。

新車が高い。だから中古でいい。

新車が高い。今の20代にとって、新車は「ちょっと頑張って買うもの」から、ずいぶん遠いところへ行ってしまった。

走って止まって、雨風が凌げればいい。エアコンが効けばさらにいい。
それで十分だった。一度そう思ってしまうと、「新品であること」そのものに払っていたお金が気になり始める。

パソコンも中古でいい。数年前のMacでも、私がやることには十分すぎるほど速い。
タブレットも中古でいい。カメラも家具も家電も、程度が良ければ中古でいい。

むしろ新品を買って最初の傷に怯えるくらいなら、最初から少し傷のついたものを買って、遠慮なく使う方が気楽だったりする。免許取って最初の車は擦る前提で中古車がいいよ!というネットのアドバイスも参考にした。

家も中古でいいのかもしれない

家も中古でいい気がしている。
以前なら、人生で一番高い買い物だからこそ、新築にするものだと思っていた。

でも最近は、むしろ逆に考える。

家は、自分が快適に身を寄せるための場所だ。
雨風をしのいで、眠って、食べて、好きなことをして、また明日を始める。

それなのに、その箱を新品にするために、これから先の何十年という時間を使ってお金を返していく。
なんだか順番が逆じゃないか。私が本当に欲しいのは、新品の家ではない。

そこで過ごす自分の時間なのだ。

そんな私でも、新品で買いたいものはある。

iPhoneとApple Watchだ。毎日触る。毎日身につける。肌身離さずってやつだ。

傷がつくなら、自分が使ってついた傷がいい。
バッテリーが劣化するなら、自分が使った時間の分だけ劣化してほしい。

最初は、これは「自分との距離」の問題なのだと思った。
毎日身につけるものだから、清潔な新品がいい。

それ、自分の車と言えますか

オドメーターを見て、ふと気になった。
もうこの車買って6年ほど経つけど、買った時の走行距離の2倍も走ってないや。

じゃあ、この車の半分以上は、前のオーナーと過ごした距離なんだ。
そう考えると、ときどき、この車はまだ前のオーナーのものなんじゃないかと思う

もちろん車だから、それでいい。走って止まって、雨風を凌いでくれて。それにエアコンが付けば上出来。

最愛の人

はたしてこの先結婚したとして、その人の未来を一緒に過ごすことはできる。
これから先の時間を、自分との思い出でいっぱいにすることもできる。

今の彼女とは結婚したいし、とにかく可愛い。顔がタイプだし、笑いの感性が一緒だし、笑わせてくるし、愛嬌がすごいし、料理も最高に美味しいし、すこし波打った髪は本当に魅力的で…

そんな大好きな彼女だから、過去まで自分のものにしたい。

他の男が彼女の過去に一時的にでも居座っているとしたら、そんなことは許せない。
だけどそれを過去に戻って取り除くことは僕にはできない。
それは嫉妬なのか、独占欲なのか、束縛なのか、支配欲なのか。

たぶん、どれも全部入っている。

物なら中古でいい。
物じゃないから、こんなことを思う。

だから僕の人生、今の彼女が新品なら、それでもう十分過ぎるくらいなんだ。